創造主なる神は初めの人間アダムとエバに対し「善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ」(創世記2:17)と言われました。この言葉の本質的な意味をくみ取って意訳するなら次のようになるでしょう。
「善悪を自分の基準で勝手に判断してはならない。もし自分勝手に善悪を判断し行動するなら人生は破滅へと向かう」
残念なことにアダムとエバは<善悪の知識の木>から取って食べてしまいました。善悪を人間の基準で判断するようになった結果、人類はどうなってしまったかというと「地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾く」(創世記6:5)ようになったのです。
創造主なる神に従うことをやめてしまった人間は、自由を得たかのように思ったかもしれません。しかし、それは自分の欲望に従うようになってしまっただけだったのです。「欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生む」(ヤコブ1:15)のです。
イエス・キリストは私たちが「世にある欲の滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となるため」(Ⅱペテロ1:4)に救い主として地上に来て下さいました。
イエス様の十字架と復活を信じ受け入れる時に、私たちのうちに神の聖い霊が注がれます。その聖霊に従って生きる時、私たちはもはや肉の欲望に従って生きる必要はありません。「なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです」(ローマ8:2)。
私たちは神の子どもとして御霊に導かれて真の自由の中を歩もうではありませんか。
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