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決して揺り動かされないものに

これらのことが起こり始めたなら、からだをまっすぐにし、頭を上にあげなさい。贖いが近づいたのです。(ルカ21:28)

2011年3月11日午後2時46分。未曾有の大地震が東北関東地方を襲いました。大津波は町々を飲み尽くし、犠牲者の数は今なお増え続けています。私たちはキリスト者として被災地におられる方々のために祈り、また具体的に自分のできることをしたいと心から願います。 また、キリスト者としてこのような状況に対する聖書的な見解をしっかりと持つことも大切です。

たとえば今回の大震災が「神の罰だ」と発言をする方々がおられます。日本では都知事が、韓国では有名な牧師がそのような発言をして問題になっているようです。海外のメディアではこれは神の仕業か否かという議論がされているところもありました。

しかし、そもそも、これが神の罰だとか、そうでないとか議論すること自体が聖書的ではないと思われます。イエス様は言われました。「そのガリラヤ人たちがそのような災難を受けたから、ほかのどのガリラヤ人よりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。そうではない。わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます・・・」(ルカ13:1-5)。

災難にあった人々が特別に罪深いとかそうでないとか、神の罰か否かとか、それが問題ではありません。神の目から見れば、人間はみな同じように罪深い存在です。キリストの十字架の赦しをとおして創造主なる神との関係を回復しなければ、この天地が滅びる時に、滅びてしまうと聖書は教えるのです。

人間はみな死にます。自然災害で、病気で、事故で、あるいは寿命でと、どのような死を遂げるかは千差万別ですが、みな等しく死ぬのです。本当に解決されなければならない問題は災害、病気、事故、寿命ではなく、その先にある死であり、さらにその先にある永遠の滅びなのです。

この地上のものはすべて過ぎ去ってしまいます。私たちは今回の大震災でもそのことを思い知らされました。私たちは今こそ、目に見えるものではなく、目に見えないものに、揺り動かされるものではなく、決して揺り動かされないものに、目をとめて生きていきましょう。信仰と希望と愛に生きていきましょう。

(説教奉仕:高森恒喜)

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