教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。(エペソ1:23)
イエス様を救い主として心に受け入れるということは、キリストのからだの一部となることです。具体的には教会の一員として、与えられた責任を果たしていくことですが、この真理を正しく理解することは、健全なクリスチャン生活を送る上で非常に重要なことです。
1.キリストがかしら
「御子(イエス)はそのからだである教会のかしら」(コロサイ1:18)
です。体は頭(脳)の命令に従って動きます。もし、体が脳の下す命令に従わないとしたら、それは健康な状態ではありません。教会も同じです。イエスの命令に従ってこそ、教会は教会として健全な歩みをすることができます。キリストのからだとして「自分の欲望のためにではなく、神のみこころのためにすごす」(Ⅰペテロ4:2)ことを求め、目指していきましょう。
2.それぞれの役割
「あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。」(Ⅰコリント12:27)体には手や足、目や口、心臓や胃などの様々な器官があり、それぞれがその役割を果たしています。教会もひとりひとりに神様から与えられていう賜物(能力)があり、使命(役割)があります。それぞれが、その分に従って互いに仕えあう時に、教会は神の栄光を反映することができるのです。
3.いのちを宿し続ける
血はからだの隅々に流れ、栄養や酸素を運びます。キリストの教会にも霊的な栄養豊富な血が必要です。その血が教会の隅々にまで流れることが、教会が健康であるために重要なことなのです。そして、その霊的な血は私たちが日々食する神のことばと祈りから生まれることを心に覚えましょう。だからこそ、ひとりひとりが、祈りとみことばのうちにキリストとの交わりを保ち続けることが必要なのです。
(説教奉仕:高森恒喜)
カテゴリー: 1.礼拝説教の要約
