世界には様々な宗教や様々な教えが、それこそ星の数ほどあります。その中でどの宗教が本物なのか、どの教えが正しいのかを見分けることが果たしてできるでしょうか。また、どれか一つのみが真理だということがあるでしょうか。そもそも真理は存在するのでしょうか。
イエス様はそれを見分ける方法があると言われます。そして、それはただ一つの真理に私達を導くというのです。それは、どのような方法でしょう。実は決して難しいことではないのです。ただ創造主なる神様の御心を知りたい、その御心を行いたいと切に求めることです。
「人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれる」(Ⅱコリント3:16)と聖書に記されていますが<主に向く>とは<神のみこころを行おうと願う>心を持つことなのです。その時、私達の心を覆っているものが少しずつ取り除かれ、次第に心の目がはっきりと見えるようになってくるのです。人生において本当に大切な事柄がなんであるか、何が真理であるかが見えてくるというのです。
しかし、クリスチャンであっても、もし自分の欲望を神として歩んでいるならば、私達の心には霊的なおおいがかかっているままですから、どうでもいいことばかりに心を奪われ、本当に大切なものを見失ってしまうことになるのです。
イエス様は言われました。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしをとおしてでなければ、だれひとり父(創造主)のみもとに来ることはできません」(ヨハネ14:6)「父(創造主)から聞いて学んだ者はみな、わたしのところに来ます」(ヨハネ6:45)
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しくへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎがきます。」(マタイ11:28-29)イエス様のことばに心から従える人は幸いです。
(説教奉仕:高森恒喜)
